「伐倒基礎技術の評価基準」を提案する。
林業で最も危険な作業は何か? と問えば、大半の関係者が伐倒と答えるだろう。けれど、伐倒に従事するプロアマ問わず、おそらく誰も必要十分な伐倒の基礎訓練をしていない。だから、林業の死亡災害の6割超が伐倒の失敗に起因しているのは当然の結果だと思う。
安全に伐倒するためには、様々な知識と技術を身につける必要がある。人生初の伐倒でも10万本目の伐倒でも、作業に伴う危険に変わりはないので「まぁ、追々身につけて」などと悠長なことは言っていられない。
伐倒する前に身につける技術水準は、数値化した評価基準を用いて判断すると分かりやすいので「伐倒基礎技術の評価基準」を作った。この評価は現場作業での実効性が伴わなければ、ただのゲームになってしまうので、① 傾斜地で行うこと、② 立木の左右両側から同等精度の切削加工ができること、③ 不安全行動がないこと、④ 結果が偶然に左右されないことを最低要件にしている。この評価基準の審査に一発合格できる人は全伐倒従事者の1割もいないと思う。それは、基準が厳しいのではなく、正確な切削加工ができないだけ、つまり、伐倒が下手なだけだ。
林業の労災の多さは社会的に見れば非常事態だと思う。一刻も早く改善しなければならない緊急事態だと思うのだが、この評価基準に対して「そこまでの精度が必要か?」などの否定的意見が行政側から寄せられる。訓練や審査が嫌で業界が文句を言うならわかるが、行政から基準が厳しすぎると聞かされるたびに耳を疑ってしまう。林業界の毒気に当てられて感覚が麻痺してしまったんだろうか? 実際の伐倒は基礎訓練とは比較にならないほど難易度が高いので、訓練時よりも切削加工の精度が落ちることを前提にしておかねばならない。だから、現場で必要最低限以上の精度を維持するには、基礎訓練で余裕のある高い精度を身につけておかなければならない。基礎訓練の基準を下げることは、伐倒従事者としての高みを目指す人たちへの侮辱だと思う。伐倒の失敗によって多くの命が失われているのだから、審査基準を高くするのは当然だろう。厳しくしても、適切な訓練をすれば合格できるのだ。現に林業に従事していなくても合格した人はいるし、林業一年目で2級に手が届きそうな人もいる。もし仮に、6割も7割も合格者が出るような審査が行われたら、重大災害の発生を助長することになりかねない。
この評価基準を満たすには相応の訓練が必要になる。その一つが「伐倒基礎技術のCheck&Clinic研修」(以下C&C)で、伐倒のために必要な切削加工の精度と再現性を身につけることを主な目的としている。伐倒練習機MTW-01を使用し、1名につき4日以上の訓練を推奨しており、受講者3名で実施することが経験上最も効果的と考える。研修の最後に審査を実施し、1級~3級の伐倒技能士と準伐倒士の4段階、それと不合格を判定する。準伐倒士は自動車の仮免許に相当するもので、これに合格したら山で立木を使って伐倒の訓練をしても良いレベルだ。業務として伐倒したり、伐倒の指導者になるためには3級以上に合格することを条件とする。また、1級から3級の伐倒技能士に合格しても技術が維持されなければマズいので、年に一回は確認のための定期審査を行う。
C&Cで基礎技術を修得し審査に合格すれば、現場での伐倒精度が向上する。そうなれば失敗が減り、安全性と生産性の向上が期待できる。仮に生産性が若干落ちたとしても、安全と天秤にかけることではない。また、伐倒精度が向上することで訓練の重要性が認識され、下手クソでは恥ずかしいし、毎年の定期審査で落ちるとカッコ悪いので、訓練を継続して技術を保持しようとする好循環が生まれる。まぁ、林業界がこんな上手い具合に変わるとは思わないが、技術を高め続けることは、プロとして当たり前のことだ。
高い技術を身につけたいと考える林業従事者は多い。私は、安全と精度の向上を求めて努力する人たちのために、伐倒練習機MTW-01の開発に参加し、伐倒技術を再考したテキスト「チェーンソーで木を伐る」を書き、伐倒の基礎訓練のための「10Steps Method for Felling Training」を考案し、年間100数十日~200日の研修会で講師を務め、これらの経験に基づいて「伐倒基礎技術の評価基準」を作った。
伐倒は特殊技能だ。中途半端なナンチャッテほど不様なモノはない。伐倒の腕を磨きたければチャレンジしてほしい。上手くいかなかったら訓練しよう。「伐倒基礎技術の評価基準」の1級に合格してみないか!